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アンジェリーナ・ジョリー主演映画『トゥームレイダー』〜難民救済に取り組むきっかけに!?

トゥームレイダー (c) pixabay


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この記事では、アンジェリーナ・ジョリーさんの人生を大きく変える作品となった映画『トゥームレイダー』周りのお話を中心に展開します♪

『トゥームレイダー』の作品紹介ではなく、『トゥームレイダー』をきっかけに、彼女がそれまでの奔放で薬漬けの状態から脱却し、本気で難民救済活動に取り組む決心をするに至ったというお話です。
 
以下、本記事ではアンジェリーナ・ジョリーさんを敬称なしの「アンジー」と記します。ブラッド・ピットさんも敬称なしの「ブラピ」と記し、また、子供たちも敬称なしで記します。
 
映画作品名にリンクが設定している場合、本サイト内にある「映画関連記事」に飛びます。 

『トゥームレイダー』とは…

 
アンジーは1998年に放送されたテレビ映画『ジーア/悲劇のスーパーモデル』で注目を浴び、翌1999年公開の作品たちは、一躍、アンジーを大スターに押しあげ、そして、今回の記事のメインディッシュ、『トゥームレイダー』につながります♪
 
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さて、アンジーが『トゥームレーダー』に出演するまでの主要な映画履歴を書きますね♪
 
アンジーは1999年4月米公開の『狂っちゃいないぜ』では、その後、2番目の夫となるビリー・ボブ・ソーントンと共演。
 
同年11月米公開の『ボーン・コレクター』では、オスカー俳優、デンゼル・ワシントン(当時、1989年公開『グローリー』で最優秀助演男優賞を受賞済み)と共演、演技の幅を拡げました。
 
同年12月米公開の『マイ・ハート、マイ・ラブ』でも、主演・ジリアン・アンダーソン(Xファイルに出演の女優)やショーン・コネリーらと共演。
 
そして、同年12月米公開の『17歳のカルテ』では、なんと製作総指揮兼主演ウィノナ・ライダーを凌ぐ演技で見る者の記憶に残り、1999年度のアカデミー賞、最優秀助演女優賞に輝きます。
 
2000年5月に前述のビリー・ボブ・ソーントンと2度目の結婚をしたアンジーは、次の作品に出演を決めます。そして、2000年11月には撮影を開始。それが『トゥームレイダー』でした。

『トゥームレイダー』プチ情報

 
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  • 原  題:Lara Croft:Tomb Raider
  • 監  督:サイモン・ウエスト
  • 原  作:同名のコンピューターゲーム
  • 主  演:アンジェリーナ・ジョリー
  • 共  演:ダニエル・クレイグ、ジョン・ヴォイト、イアン・グレンら
  • 公  開:2001年6月(アメリカ)、2001年10月(日本)
  • 興行収入:274百万ドル(全世界)
  • 見 放 題;Netflix
あらすじ
「トゥームレイダー」とは「トゥーム(墓)レイダー(荒し)」、つまり「墓荒し屋」みたいな感じでしょうか。アンジーはその主人公たるトゥーレイダー、ララ・クラフトを演じます。彼女は父が残した秘密を解き明かし、世界を救うために戦うのです…。

「性に奔放で、薬漬けのアンジー」が覚醒!?

 
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アンジェリーナ・ジョリー 暴かれた秘密
 
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アンジーは「幼少時のトラウマ」などが原因なのか、かなり奔放な10代を過ごし、それを引きずって20代に突入しました。
 
なんと14歳のときには、初めてのボーイフレンドにバージンを捧げ、そして同棲。その後、自傷行為に走ったり、薬漬けになったり…。女性とセックスフレンドになったり、結婚して「3P」を望んだり…。
 
アンジーの伝記『暴かれた秘密』(アンドリュー・モートン著)には、アンジーが薬を購入した売人の話なども出ています。
 
そんなアンジーは『トゥームレイダー』と出遭って激変してしまうのです。驚くほどの覚醒です。覚醒とは「まともになった、迷いから覚めた」という意味です。
 
アンジーは『トゥームレイダー』で演じるであろうララ・クラフトのなかに光明を見い出したのです。
 
伝記『暴かれた秘密』の一節を紹介しましょう。
 

「彼女は女性であることを享受しながら、ある部分ではただ自由でワイルドに、身を挺して危険に立ち向かうことを望んでいるの」とアンジーは自分の役柄について話している。
 
「私のなかにもララ・クラフトのようになりたいという願望がある。それに、ララと重なる部分もあるのよ。」
 
役柄に自己を投影するアンジーにとって、この役はリハビリとなり、これまでの悪癖を一層する絶好のチャンスとなった。彼女は正真正銘、薬物への依存を断ち切る。ヘロインだけでなく、タバコや糖類、アルコールも断った。
 
(中略)
 
彼女の精神構造を非常によく理解している『ポワゾン』のマイケル・クリストファー監督は、鋭い観察眼でこう語った。
 
「彼女はララ・クラフトを通して、自分にも強く健康で身体能力がずば抜けている一面があることを発見し、それを追求しながら生きる必要があったんだ。彼女は最悪の時を脱したと思う。この映画の撮影によって、いい意味で自分を取り戻したんだ。
 
※伝記『暴かれた秘密』(アンドリュー・モートン著)P234より引用。なお、強調箇所はサイト管理人によるものです。

 
そして、2000年11月下旬からのカンボジアにおける撮影がアンジーの覚醒を決定的にしたのです。
 

カンボジアでの撮影は偶然だった!?

 
カンボジア
(※画像はpixabayから。クリックすると拡大します。)
 
『トゥームレイダー』の撮影はカンボジアなどで行われました。
 
しかし、当初ロケは、万里の長城、あるいは、スコットランドのハドリアヌスの長城で行われる予定だったのです。それが予算と現地の政治不安定などが理由で問題になり、最終的には費用を抑えるために、ロケ地がカンボジアに変更されたのです。
 
もし、この偶然とも言えるロケ地変更がなかったら、いまのアンジーは存在しなかったのかもしれません…。
 
さて、アンジーは撮影隊と同行し、地雷がまだ残っている危険な場所へと赴きます。そこでアンジーは数々の危険だけでなく、カンボジアが当時抱えていた悲惨な状況を目の当たりにしたのです。
 
アンジーの思いは前述のアンジー伝記『暴かれた秘密』のなかでこう表現されています。
 

カンボジアでの撮影を終えたとき、アンジーはこう語っている。
「この国での経験は私の人生を変えたわ。私が思っていたより世界ははるかに大きかった。学ぶべきことはまだたくさんあるのね。」
 
アンジーはカンボジアという国や現地の人々に深く感銘を受け、帰国後三日間泣き続けた。なぜかはわからなかったが、涙があふれ止まらなかったという。
 
「この国がどんなことを乗り越えてきたのか私は知らなかったし、歴史の授業でも習わなかった。でも、カンボジアの人々はとても温かく、美しく、純粋で正直だった。そして、カンボジアという国が、ただもう愛おしくてたまらなくなった。」
 
※伝記『暴かれた秘密』(アンドリュー・モートン著)P247より引用。なお、強調箇所はサイト管理人によるものです。

 
カンボジア愛と人道支援に目覚めたアンジーは、その後、苦労に苦労を重ね、2002年3月にカンボジアの男児(マドックス)を養子に迎えます。最初の養子がカンボジアからであることは、この映画『トゥームレイダー』の体験が強く影響していることは言うまでもありません。
 

思い立ってからの行動が早いアンジー!

 
前述のように、アンジーが撮影のためにカンボジア入りしたのは2000年11月下旬です。そして、撮影が一段落した2001年2月下旬には、難民の状況を理解するための行動を起こしているのです。
 
カンボジアの実態に衝撃を受けて3ヶ月後。その行動の速さには、ただただ驚くばかりです。
 
このあたりの訪問については、アンジーの著書『思いは国境を越えて』に詳しく書いてあります。
 
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アンジェリーナ・ジョリー 思いは国境を越えて
 
この日記風のアンジーの著作には、2001年2月下旬から4回に分けて、アフリカ、カンボジア、パキスタン、エクアドルを歴訪した様子が書いてあります。この旅は、国連難民高等弁務官事務所(UNHCR)スタッフに同行する形で行われました。
 
『思いは国境を越えて』にある旅は次の4箇所です。

  • アフリカへの旅(2001年2月20日〜3月9日)
  • カンボジアへの旅(2001年7月16日〜7月27日)
  • パキスタンへの旅(2001年8月17日〜8月26日)
  • エクアドルへの旅(2002年6月6日〜6月9日)
 
映画撮影で忙しいさなか、合計で44日間長い時間を、難民の実態を知るための旅に費やしたのです。芸能人の単なる興味本位というレベルからは大きく乖離した、アンジー本気の行動です。
 
なお、『思いは国境を越えて』については、こちらの記事もどうぞ♪
 

自分の子供の写真掲載の権利を高額で売る!?

 
ところで、アンジーは、自分が生んだ子供たちの写真掲載の権利を雑誌社に高額で売り渡しています。これだけを聴くと「アンジーって守銭奴だな」と思うかもしれません。しかし、アンジーの言動は一貫しているのです♪
 
2006年にアンジーが出産した娘・シャイロの写真掲載権については、『ピープル』誌に410万ドル、『ハロー』誌に350万ドルで契約。この契約金は、アンジーとブラピが作った基金に全額寄付しています。
 
また、2008年に出産した双子、ノックスとヴィヴィアンの写真掲載権も同じく『ピープル』『ハロー』2誌と契約、その契約金は1100〜1400万ドルと言われ、これも全額基金に寄附しています。
 
そして、アンジーたちは、この基金「ジョリー・ピット基金」を通じて、難民関連等に多額の寄付をしています。
 

アンジーの本気が実りつつある…

 
アンジーが、国連難民高等弁務官事務所(UNCHR)スタッフと、アフリカ、カンボジア、パキスタンの旅を終えたあと、UNCHRは、アンジーを親善大使に任命します。
 
その後も、懸命な活動や寄附を継続してきたアンジーに対し、UNHCRは特使に任命しました。
 
アンジーの思いは、彼女の思いの強さと行動力の速さで、着々と実現されているのです♪
 

『トゥームレイダー』もうひとつの伝記から

 
映画『トゥームレーダー』がアンジーの人生を激変させるきっかけになったという話は、アンジーのもうひとつの伝記『彼女のカルテ』(ブランドン・ハースト著)にも、1章を設けて記述されています。
 
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アンジェリーナ・ジョリー 彼女のカルテ (P-Vine Books)
 

第五章 新生アンジェリーナ

 
『彼女のカルテ』第五章は次の一文ではじまります。
 
「『トゥームレイダー』は、さまざまな意味でアンジーの転機となった。とくに大きかったのはカンボジアでの撮影中に得た、人生を変えるような経験だ。」
 
少し引用させていたきますね。
 

絵のように美しくゾクゾクするほど魅惑的なこの国は、ベトナム軍による爆弾とその後の内戦で、飢餓と貧困にあえぐ国でもあった。
 
「カンボジアほど美しい場所を訪れたことはない」と、アンジーはオンライン誌『ニューヨーク・ロック』に語っている。
 
「そこで、世界で何が起こっているかに気づいたの。目からウロコって感じね。」
 
この時まで、アンジーはこうした世界とは無縁だった。西側の基準でも、比較的恵まれた温室育ち。そんな彼女にとってカンボジアはまるで異質な世界だったのだ。
 
※伝記『彼女のカルテ』(ブランドン・ハースト著)P127より

 
そして、こうも書いてあります。
 

カンボジアの何かが、思いもしなかった形でアンジーの心をぐっとつかんだのだ。そしてここから、新たな人生の扉が開かれていくことになる。なんとアンジーは、ぎっしり詰まった撮影スケジュールを縫って、慈善活動に身を投じ始めたのだ。そして、国連難民高等弁務官事務所(UNCHR)に連絡をとるほど、活動にのめりこんでいく。世界中で起きている人道的危機に対して、学べることはすべて学びたい、と願って。
 
「はっきりわかったのは、この世界について知らないことだらけだった、ってこと。自分の無智が本当に恥ずかしかった。活動のおかげで、人生が変わったわ。」
 
『ワシントン・ポスト』紙のインタビューでこう語った彼女は、翌年の大半をかけて、国連スタッフと世界中のさまざまな場所を訪れている。各国の難民キャンプへ飛び、現地の情報についてできる限り学んでいった。
 
※伝記『彼女のカルテ』(ブランドン・ハースト著)P128より

 
そして、アンジーは、スタッフでも躊躇するようなところを果敢に訪れていくのです。
 

まとめ

 
トゥームレイダー (c) pixabay
(※画像はpixabayから)
 
これらのアンジーの経験が、難民各地から養子を向かい入れるという動きになるのですが、養子を迎えるまでの大変さは、また別の記事で書くことにします。
 
いずれにしても、映画『トゥームレイダー』がアンジーの人生を大きく変え、彼女は信念に従って果敢に本気の行動を続けてきたのです。
 
これからもアンジーの活動を応援していきたいですね♪
 
※アイキャッチ画像の出典:pixabay
 
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いつも、読んでいただきありがとうございます。
シネマファン♪


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