アンジェリーナ・ジョリー出演映画『17歳のカルテ』〜オスカー女優に輝く♪

アンジェリーナ・ジョリー出演映画『17歳のカルテ』(シナリオとDVD)


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若干、24歳にしてアカデミー賞女優となったアンジェリーナ・ジョリーさん。それをもたらしてくれたのが、映画『17歳のカルテ』です。そして、この作品は主演のウィノナ・ライダーさんが渾身の力を振り絞って実現した作品でもあったのです。つまり、アンジェリーナ・ジョリーさんの成功の裏には…。

[fontsize size=”1″]以下、本記事ではアンジェリーナ・ジョリーさんを敬称なしの「アンジー」と記します。ちなみに、ウィノナ・ライダーさんも敬称なしの愛称で「ノニー」と記します。その他の人たちも、原則、敬称なしね。[/fontsize]  

『17歳のカルテ』情報

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まず、大枠の情報から。
 
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  • 原   題:Girl, Interrupted
  • 原   作:『思春期病棟の少女たち』スザンナ・ケイセン
  • 監   督:ジェームズ・マンゴールド
  • 脚   本:ジェームズ・マンゴールドほか
  • 製作総指揮:ウィノナ・ライダーほか
  • 主   演:ウィノナ・ライダー
  • 共   演:アンジェリーナ・ジョリー、クレア・デュヴァルほか
  • 公   開:1999年12月21日
  • 興   収:48百万ドル
  • 受 賞 1:アカデミー助演女優賞(アンジェリーナ・ジョリー)
  • 受 賞 2:ゴールデングローブ賞助演女優賞(アンジェリーナ・ジョリー)
  • 受 賞 3:全米批評家協会新人賞(アンジェリーナ・ジョリー)
  • 見 放 題;Netflix⭕️、Amazon✖️
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『17歳のカルテ』あらすじ

高校を卒業した数日後、スザンナ(ノニー〜ウィノナ・ライダーのことです。以下同じ)は服毒自殺まがいの事件を起こし、病院に担ぎ込まれます。そして、少し回復してドクターのカウンセリングを受け、精神病棟に入院することになります。
 
スザンナが足を踏み入れた女子病棟には、若くして心を病んでいる少女たちがたくさんいました。そこを取り仕切るボスのような存在がリサ(アンジー)でした。スザンナとリサは、徐々に心の距離を縮めて行くのですが…。

3人の想い入れの結晶〜ビフォー『17歳のカルテ』

映画『17歳のカルテ』は3人の女性たちの想い入れの結晶です。原作者のスザンナ・ケイセン、制作総指揮兼主役・スザンナのウィノナ・ライダー、そして、病棟のボス・リサ役のアンジーです。

スザンナ・ケイセンの想い(ビフォー)

スザンナ・ケイセン
[fontsize size=”1″](※画像の出典:DrillSpinデータベース)[/fontsize]  
 
原作者の体験を綴った回想録が映画『17歳のカルテ』のベースです。ノニーが演じる映画の主人公名も原作者と同じ、スザンナ・ケイセンです。
 
彼女は、1960年代後半に、心の病から女子精神病棟に入院します。しかし、スザンナの心の病は彼女の特殊事情というより、当時のアメリカの激動が産んだ現象でもあったのです。
 
アメリカは当時、国外ではベトナム戦争のますますの激化、そして、国内では反戦運動・公民権運動・ウーマンリブ旋風が吹き荒れていました。そういうなかで従来の価値観がどんどん崩れるつつあるのに、新しい価値観は未成熟、そんな時代でした。
 
センシティブな若者たちは、エネルギーがほとばしるあまりに環境変化にフィットできず、多くが心の不安を抱いていたのです。『17歳のカルテ』に描かれる少女たちの苦しみは、まさに60年代アメリカの苦しみを反映したものでもあったわけです。
 
スザンナ(本人)は、こうコメントしています。
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  • あれが1958年だったら入院していなかった。1978年でも1988年でもね。
[/su_list] 恐らく、スザンナ(本人)は、多くの若者たちが社会の変革時期にセンスティブなあまりに心の病に至ったことを伝えたかったのです。なので、その映画化には期待が大きかったことでしょう。実際に1993年、スザンナが43歳のときに書いた回想録はベストセラーとなりました。そして、49歳の時には映画『17歳のカルテ』が公開されたのです。それらが実現したときの気持ちは…。

ウィノナ・ライダーの想い(ビフォー)

ウィノナ・ライダー
[fontsize size=”1″](※画像の出典:Ciatr)[/fontsize]  
 
1993年のベストセラー『思春期病棟の少女たち』(スザンナ・ケイセン著)を読んだとき、ノニーはきっとこう思ったのではないでしょうか。
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  • これは、私が演じるための原作だ。
[/su_list] ノニーは10代で境界性パーソナリティ障害を患い、精神病棟に入院していた経験があるのです。いろんなことに思い悩む少女時代を顕した『思春期病棟の少女たち』には強い共感を感じていたのです。
 
ノニーは、19歳のとき『恋する人魚たち』(1990年公開)でゴールデングローブ賞助演女優賞にノミネートされ注目を浴びます。そして、その3年後、1993年『エイジ・オブ・イノセンス/汚れなき情事』でゴールデングローブ賞とアカデミーのそれぞれ助演女優賞などにノミネートされ、さらに1994年『若草物語』でもアカデミー主演女優賞ノミネートで、一流女優の仲間入りです。でも、どれも受賞は逃します。そして、数年、出演作のヒットはなく…。
 
ノニーは壁に苦しんでいたのかもしれません。もともと、心の病があったこともあり、そんなときに読んだ『思春期病棟の少女たち』は、ノニーの心に突き刺さったのです。ノニーは映画化権を取得します。そして、映画化に動き出しますが、大手は話に乗ってきません。そこで自ら資金集めもはじめて、製作総指揮でこの映画の実現へ向けて驀進します。
 
主演はもちろん自分です。そして、ポイントとなるキャスティングは、女子病棟のボス・リサ役。リサを誰にするかでこの映画の価値は大きく変わる、そう考えていたのです。そして、オーディションでアンジーを見たとき、ノニーは即決しました。リサ役は彼女しかいないと…。
 
そうして、ノニーの渾身の力を注ぐ作品づくりがスタートしたのです。ノニーは映画『17歳のカルテ』でこれまで逃してきた映画賞を勝ち取るハズだったのです。それくらい女優生命を賭けた素晴らしい作品でした。

アンジェリーナ・ジョリーの想い(ビフォー)

アンジェリーナ・ジョリー (c) pixabay
[fontsize size=”1″](※画像の出典:pixabay)[/fontsize]  
 
アンジーは父母の離婚、また、父が有名な俳優ジョン・ヴォイトであることなど、様々なことで多感な10代を生き抜いてきました。14歳のときにはボーイフレンドと同棲。また、自傷行為もありました。その後、モデル、俳優と少しずつ自分の道を見つけ出せそうでしたが…。実は、迷いに迷っていたのです。
 
20歳のとき公開した『サイバーネット』。そこで共演したジョニー・リー・ミラーと1996年3月に結婚するも1年で別居(その後、1999年2月に離婚)。並行する形で女性とも付き合っていました。そんな経験もあったからでしょうか、1998年には『ジーア/悲劇のスーパーモデル』でレズビアンのモデルを見事に演じて、ゴールデングローブ賞主演女優賞や全米映画俳優組合賞主演女優賞を受賞、また、エミー賞主演女優賞にもノミネートされます。若くして、俄然注目される全国区の女優となったのです。
 
そして、1999年には『狂っちゃいないぜ』で2番目の夫となるビリー・ボブ・ソーントンと出遭い、同年『ボーン・コレクター』でデンゼルワシントンと共演し、周りから見ると順風満帆なキャリアでした。
 
しかし、アンジーは世間の評判とは関係なく、自分の将来について思い悩む日々を過ごしていたようです。そんなとき『17歳のカルテ』のオーディションを受けるのです。そして、オーディション会場に入るときには、すでにリサになりきっていました。うつろな目、なげやりな態度。審査が始まる前からそこにはリサがいたのです。アンジーはリサ役に即決されたといいます。
 
当然、アンジーは原作を読んでいました。そして、ワイルド(野生の、飼い慣らされていない、狂気じみた)に演じることを決めていたようなのです。
 
10代を様々なことで思い悩み苦しんだ、自傷行為もやった。そして、いまもそれなりに苦しんでいる。そういう状況のなかで、ノニーがスザンナに共感を感じたように、アンジーはリサに共感していたのです。そして、ノニーがこの作品とスザンナ役に全精力を注いだように、アンジーもリサに傾倒し、リサ役を演じきったのです。自分の人生を表現するために…。
 

3人のその後〜アフター『17歳のカルテ』

次は、『17歳のカルテ』が公開された以降、3人のアフターについて。

スザンナ・ケイセンのアフター

スザンナ(本人)は、辛い10代を生き抜いてきました。そして、その辛さを人々と共有するために、40歳代になると、回想録を出しベストセラー。そして、それが映画化され、キャストがアカデミー賞などを受賞するほどの作品となりました。また、この作品〜原作と映画〜が、思い悩む若い人たちへのポジティブなメッセージになりました。
 
スザンナ(本人)のアフターは、回想録の出版という自らの力で大きくジャンプアップしたものになったのです。映画『17歳のカルテ』はそれをさらに後押しすることになったことは間違いありません。

ウィノナ・ライダーのアフター

ノニーには…同情しますね。
 
原作を読んで、この作品を映画化するのは自分しかいないと想い、映画化権を取得、製作総指揮&主役で臨んだ作品。興行成績はいまひとつでしたが、いい作品としての評価を得ることができました。しかし、映画賞はすべてリサ役のアンジーにさらわれてしまった形です。ノニー自身は各賞にノミネートもされず…。
 
サイト管理人「シネマファン♪」は『17歳のカルテ』を何回か見ましたが、正直、ノニーの演技より、アンジーの演技が図抜けて素晴らしい…とも思いません。ノニーは難しい役を上手く演じていたと感じています。なのに…世間の評価はノニーをスルーしました。
 
その後、ノニーは、出演作のヒットという点では、長い長い不遇の時代を過ごすことになります…。
 
ノニーのショックと憤りを思うと…同情します。

アンジェリーナ・ジョリーのアフター

『17歳のカルテ』の美味しいところ全てをアンジーが持っていってしまいました。アンジーの演技の評価は高く、アンジーは次の3つの賞を受賞しました。
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  • アカデミー助演女優賞
  • ゴールデングローブ賞助演女優賞
  • 全米映画批評家協会新人賞
[/su_list] アンジーの『17歳のカルテ』での成功は、たまたまではありません。1つは、ノニー同様に10代を苦しみ抜いて生きてきた結果、リサ役がハマり役だったのです。
 
それから、もう1つ、女優のキャリアとしては、前述ビフォーで書いた通りに、それこそ順風満帆に演技を磨いてきたのです。それらが結実したのが『17歳のカルテ』だったのです。
 
ノニーも素晴らしかったけど、アンジーも素晴らしかった。その差は、少しかもしれないのに、一方的にアンジーに評価が偏った。その本当の原因はわかりませんが、いずれにしても、アンジーは「アカデミー賞女優」の称号を勝ち取ったのです。

批評家のアンジー評

蛇足的ですが、『17歳のカルテ』におけるアンジーについての批評家の評価を2つ載せます。

ロバート・エバート

  • ジョリーは、最近の映画に見る荒々しく激しい人物のひとりとして、突如われわれの前に姿を現した。どことなく破壊的な目的を抱いた、危険人物として。

ジェイムズ・ベラルディネッリ

  • アンジェリーナ・ジョリーは、超新星のごとく輝き、きらびやかな魅力を放っている。登場シーンすべてをいきいきと彩る緊迫感あふれる演技は、『カッコーの巣の上で』でランドル・P・マクマフィーを演じたジャック・ニコルソンを思わせるが、決して模倣してはいない。もちろんライダーも等しく素晴らしいのだが、こうした落とし穴に陥ることなく第一線の演技を見せたジョリーが、賞シーズンにはおそらく評価されるだろう。
[fontsize size=”1″](『アンジェリーナ・ジョリー 彼女のカルテ』(ブランドン・ハースト著)から引用)[/fontsize]

まとめ

人生、うまくいかないなかで、それをどう今後に活かしていくのか。
 
映画『17歳のカルテ』に関する、ノニーとアンジーの明暗を目の当たりにすると、「うまくいかないときにどうするか」が人生で大切になってくるのかもしれません。
 
アンジーの伝記『アンジェリーナ・ジョリー 彼女のカルテ』(ブランドン・ハースト著)のなかで、アンジーをこう評するフレーズが出てきます。
 

山ほど失敗を重ねては、そこから何かを学び取り、どんな時も土砂降りの雨を抜けて、歩き続ける。太陽がさんさんと降り注ぐ場所に向かって。

 
『17歳のカルテ』におけるノニーとアンジーの「アフターの違い」は、「山ほど失敗を重ねては、そこから何かを学び取り…」という、こういった行き方が違っていたのでしょうか。
 
『17歳のカルテ』は、ノニーとアンジーの演技の違いなどに注目して見るのも、面白いのではないでしょうか。
 
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いつも、読んでいただきありがとうございます。
シネマファン♪
 


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